あの企業の歴史を(^ω^)その1
昭和二十二年、二十人で創業。
つくり上げた停電灯は、生産が追いつかないほどよく売れました。
その頃、幸之助は、後藤清一支配人を出向のかたちで、歳男の新会社に派遣してくれました。
さらに岩佐三郎達六人が加わって、創業を支える七人の侍となりました。
歳男は太平洋、大西洋、インド洋と三つの大洋に雄飛すべく、新社名を三洋電機製作所と命名した。
かつて松下電器が使っていたけれど、戦後空き工場となっていた兵庫県加西郡北条の工場を譲ってもらって、昭和二十二年二月一日、歳男は二十人ほどの社員達とともに創業の式典を開いて、"三洋電機製作所北条工場"の看板を掲げた。
その時、彼は近い将来、ここでつくる発電ランプは二百万個売れるようになる、そして世界中の自転車常用者を約十億人として、その半分の人達に使ってもらうことを目標にしたいと演説しました。
それはあまりにも大風呂敷すぎて、夢を追いすぎるようだが、歳男の口から出ると、まんざら大法螺に聞こえませんでした。